『NYの美大生、決死のアタック。意外な返事』 連載 石岡瑛子さんからの個人レッスン – 4

帰り支度を済ませた石岡さんは、ハンドバッグに手を伸ばし、イスから立ち上がった。

目の端でタイミングを見極めていた私は、素早く数歩近づく。緊張を隠すように、あくまでも自然に、そしてさりげなく・・・。

「石岡さん、今日は、お疲れさまでした。」

「ええ、作品の説明、ありがとう。」

「あの、申し遅れましたけれども、作品をいままで拝見して、とても尊敬してます。将来、なにかお手伝いする機会があればと思ってます。お金はいりませんので。」

彼女は、まじめな声で即答した。

「わたし、学生のインターンは使わないんですよ。」

あっさり撃沈。ダメ元でアタックしているけれど、がっくりした。

ここで、この若き美大生の住んでいた「ニューヨーク」という街の流儀を、少し書いておいた方が良いかと思う。

マンハッタンには、ワールド級のデザイナーがウジャウジャ住んでいるのだけれども、有名な事務所は求人情報をまったく表には出さない。だから、学生達は、偶然会えた時には必死で食いついて、インターンとして手伝う機会を経て、晴れて正式に雇われるケースが多い。

だから、この街の美大生達は、ギャラリーやショップのオープニングパーティー情報をキャッチすると、ちょっとだけ着飾り、チャンスとタダ酒を求めて地下鉄に乗って、いそいそと夜の街に出かけて行く。

当時の私は、あちこちに足を突っ込んでいたせいで、学生のくせに、MoMAやメトロポリタン美術館のパーティーの招待状をよく持っていて、そのためだけに安物の蝶ネクタイとタキシードまで一式揃えていたものだ。

そういう場数を踏んでいると、有名人と話す機会に出くわす度、握手を求める手を差し出しながら「I admire your work!」(あなたの作品は最高です!)と、勝手に口が動くようになる。「admire」という言葉は、日本語と完全に一致する言葉がないが、感服・賞賛するという意味で、心の底から好き!という最高の褒め言葉。酒を片手に初対面の他人に遠慮無く話しかけるアメリカ人達を観察していて覚えた。

私が「尊敬しています」と彼女に言ったとき、石岡瑛子という人について、あまり知らなかった。

これは白状しておく。

とは言え、彼女のことを詳しく知っていたら、仲良く1時間も二人きりで過ごすことはできなかったでしょう。少し心が通じたような気がしたし、彼女のことに無知だったせいで、素直にこのおばさんと一緒に仕事をしたらきっと楽しそうだとも思った。

尊敬していると言われて嬉しくない有名人がいないことは知っていたから、スラスラ言ったものの、タダ働きでいいので仕事をさせろとまで言ったのは、私の人生で、これが最初で最後となる。

石岡さんは、私の意表を突き、挑戦的な口調で私の目をギロっと見て言った。

「私の『どの』作品が好き?」

顔には、悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。

後でわかったことだが、NYは社交上手な軽薄連中が多いので、安易に「尊敬している」と言う輩が現れると、彼女は必ずこうやって聞き返すのだ。

「い~ぃ一番好きなのは、やっぱり…、ドラキュラの真っ赤なドレスですぅね。」

「そうですか。あのコスチュームは好きな人が多いのよ。」

私が知っていたのは、あのドレスだけだったのだ。昔読んだデザイン誌の1ページをドーンと飾っていたから、世間の評価が高いことは容易に想像がついた。

そして、いまにも「二番目は?」と聞かれるに違いないと覚悟を決めていたのに、その人は、私に向かって、嬉しそうに次のようなことを言った。

「いま、ちょうどお金にならないプロジェクトをやっていてね。オペラなの、アムステルダムの。オペラって、びっくりするくらい予算が無くて大変なんですよ。もしかしたら、手伝ってくれれば助かるかもしれない。」

きた!

私は、大あわてで自分の肩掛けカバンを取りに走り、スタスタ歩いて出口に向かう石岡さんに追いつくと、軽く息を弾ませながら、キンコースでコピーして作った手作り名刺を1枚渡した。

「じゃ、近いうちに電話するわ。ありがとう。」

そう言い残して、石岡瑛子というおばさんは、登場したときと同じように、タクシーに乗って颯爽とソーホーの街に走り去った。

=== つづく ===

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投稿者:

阿部譲之

主にデザイナー業。マレーシア・ペナン島在住。中学校の美術教科書に作品掲載。グッドデザイン賞受賞。十四代目伝統木工の家に生まれ日米修行→NYの美大で工業デザイン専攻しながら石岡瑛子氏のお手伝い→フリーランス七転八倒→ちょっと新生銀行勤務→ちょっと花屋→ 阿部書店(株)を設立して主にデザイン業→ 双子が産まれる → ペナン島にお引っ越し。その昔、日本のデザイン誌を中心に寄稿。ツイッター @yoshiabe