アメリカ人のおっさんとアツカン勝負。そして日本人が英語を話せない本当の理由。

当家がマレーシアに旅立つ前の正月明け。アメリカ人の旧友と東京で飲みました。

このおっさんは、ただのハゲオヤジではありませんで、NYの巨大美術館『MoMA』で修復部門の偉い人をやっています。交友関係が、超一流の建築家やデザイナーばかりなので、わたしのようなフツーの仕事人には用がないお方ではございますが、なにせ私が家具作りをカリフォルニアで勉強していた頃から、20年以上の付き合い。

この二人ですが、10年前にも御徒町であれこれチャンポンで飲みまくり、私は記憶がすっとび、彼は冷たくなった風呂の中で眼が覚めたという実績がございますが、さすがに少しは人生経験豊富になりましたので、そのあたりは心得ております。

飲み放題開始後30分。この日の最低気温は0度だったもので、「寒いからとっとと熱燗で温まろうぜ!」ということで日米合意。ニューヨーカーは「アツカン」くらいの言葉は余裕で知っているので驚きますね。このひとは、前世は日本人だったと、自他ともに認めているので、分野によっては私よりはるかに詳しいのです。

その日本マニアですが、時差ボケで眠れず、鼻ズーズーというベストコンディションだったんですが、にもかかわらず、ま〜よく喋りますね、アメリカ人は!

ネイティブの英語スピーカーが相手だと、そこそこ話せるわたしでもプチ緊張するものですが、酒が入るとプライドがシャットダウンするので饒舌に。熱燗パワー。

何を考えているのかさっぱりわからん!と世界的に名高い、礼儀正しき日本人も、酔っ払うと口と脳みそが直結するので、一歩アメリカ人に近づきます。それでも、相手がニューヨーカーともなりますと、勝負するまでもなく「大人しい日本人」ですが・・・。

ところで、アメリカの皆さまが沢山お話しになるのは、おしゃべりだからではありませんで、実はコミュニケーションの仕方の違いです。そうせざるを得ない理由がある。

日本人ですと、頭で考えていることの中から厳選して「3割」くらいを口に出すイメージですが、アメリカ人はその率が「8割」にも達するかんじとお考えください。選別せずにほとんど喋ってしまいます。したがって、量こそ話しますが、内容は2倍以上薄くて、スカスカ。それを言ったらお友達終了してしまうネタ以外は、どんどん口に出す。

彼らは、正しいことを言おうとは考えていないようで、喋ってしまってから間違っていればお互いにツッコミを入れまくりますし、相手の反応によってはフォロー発言したりという流れ。語学的な精度よりも、伝えることの精度が重視です。

というのも、アメリカ国は、あまりにも価値観が天と地ほども違う人達ばかりなので、口に出してしまわないと相手が何を考えているのかわからないわけです。たくさん喋ってコミュニケーションの精度を上げている。日本人どうしだと、まあ、お互い好きなものは似たようなものですし、5割くらいは伝える必要が無いという前提がある。すごく楽ですね。ところが、アメリカ人となりますと、肉を食う人かもわからないし、向かいで熱燗をペロペロ舐めている彼のようにゲイも多いので、会話の大前提が、最初っから崩壊しちゃってるわけです。お互いバンバンしゃべって、さぐりを入れるしかない、とでも申しましょうか。

日本人思考の自分は、できるだけすくない言葉数で、びしっと一発で決めよう!とか考えてしまうわけですが、そんなことを狙ってオタオタしているうちに、会話はどんどんアメリカ人のペースで先に進んでしまい、電車に乗り遅れてしまう。

日本人が英語が下手くそだと言われるのは、言語的な話ではなく、この会話の仕方の違いではないかと思っています。いくつかある大きな理由のひとつ。いくら「英語」を勉強しても、話せるようにならない原因かと。

酒もまわってきましたところで、ついでにご紹介ですが、この酒場は、100種の酒が100分間・1000円でセルフサービス飲み放題でして、四ツ谷では知る人ぞ知る人気店「ウシカイ」。この界隈にオシャレ飲み屋を展開する会社がやっている、ボロい居酒屋ですが、飯も安くて美味いので、よく海外から来た友人を連れて行きます。

セルフをおもしろがって、アツカンコーナーへ何度も何度も汲みに行っていた旧友ですが、時差ボケかつ風邪気味で酔っぱらいすぎたようで、ついにギブアップを頂戴しました。

会話では勝てっこない勝負でしたが、酒では私が勝ってしまったもようでございますよ。

投稿者:

阿部譲之

主にデザイナー業。中学校の美術教科書に作品掲載。グッドデザイン賞を受賞。十四代目伝統木工の家に生まれ日米修行→NYの美大で工業デザイン→石岡瑛子氏のお手伝い→フリーランス七転八倒→ちょっと新生銀行→ちょっと花屋→阿部書店をスタート→マレーシア・ペナン島に移住 → 現在は東京都新宿区の迎賓館そば在住。その昔、デザインの現場、デザインノートに寄稿。