こだわりや好みなんぞ、コロコロ変わる。白豚、セブ島で氷たっぷりのビールを飲みながら苦悩す

セブ島に来て1週間半。英語学校での本格的な授業初日から帰還した嫁と、祝いと称して飲みに出かけました。

東南アジア名物の「信号なし大通り」を命がけで渡り、しばらく前から目を付けていたTonyo’sという近所の飲み屋へ。

ざっと見渡すと、座席数は数百あるのではないかという、地元の若い連中御用達のオープンバーです。火曜日の夕食どきだったので、ガラガラ。週末の夜遅くあたりは大混雑してそうな予感。

ローカル系のバーは初めてなので、隣のテーブルを観察すると、氷バケツにビール瓶がたくさん突き刺されている。きっとあれが地元っぽいオーダーの仕方に違いない。メニューを解読すると、定番ビール「サンミゲル」の3本セットが110ペソ(約250円)。セブ島の外食では一番安いレベルなので、早速オーダーです。

IMG_20140603_181127飲み口がナプキンに包まれ、氷バケツにつっこまれたサンミゲル・ビール3本。氷とスプーンのセット。グラス2つ。

このビジュアルは、日本だと、ほぼ重い酒の「水割りセット」そのものですな。

異国は、こういう習慣の差が、脳をズバズバ刺激するのでたまりません。職業柄、燃えます。

タイでもそうですが、南の国ではビールに氷を入れることが多い。日本だと「薄くなっちゃう!」と呆れられる飲み方ですが、クソ暑い南の島だと、すぐにぬるくなるし、そもそも汗だくの白豚状態で濃い酒なんて飲んでられない。薄いビールにさらに氷を突っ込んで、さらに軽くして飲むくらいでちょうどいい。とくに扇風機だけの屋外バーにおきましては。

「うめえぇぇぇ〜〜〜」と、相方とガブガブ飲み続け、追加オーダーしたあたりで、ふと思いましたが、ビールひとつにしても、住んでる場所の気候だけで、自分の好みなんぞガラッと変わってしまうもんだなぁ、と。ご褒美にプレミアムモルツ!な本物ビール志向は、どこに行ってしまったんだ、と。

「こだわり」とか「好み」いうのは、自分が住んでる街の天気とか、勤めてる会社とか、一緒に住んでるパートナーとか、そういった特定の価値感の中でだけ成立しているもんですね。

すごい仕事人の皆さま一堂に「自分の感覚を信じてつくれ!」と教わってきたものですから、自分が良いと思うかどうかということを頼りに、デザインをしたり、アドバイスをしたり、物を買ったりします。それが、こだわりとか好みとか呼ばれるもの。

変態デザイナーじゃなくても、そういう毎日そうやって生きてるでしょう。

ところが最近、自分の好きなものが、毎日変わって行く感じがしています。よく考えると全然安定してない。

30代後半の中年男になって、世界中あちこち住んだり旅したり、結婚したり、いろんな経験をした末、人生の半分にさしかかろうとしてます。いま実感しているのは、20代の頃に比べたら自分の価値感は180度変わっている。やりたい仕事や、女性の好み、食べ物、住みたい家、欲しい物など、ぜんぶ。しかも、今も刻一刻と変わっています。

「自分の感覚を信じてつくれ!」という、あのアドバイスには、価値感やこだわりは全人類共通・普遍のものだという前提があると思います。ところが、今の世の中、テクノロジーはどんどん変わって行くし、いろんな違う生き方が当たり前になってきている。

私の親方をはじめとする一流の仕事人の面々は、ものすごい「こだわり」を飯のタネにしているので、やっぱり自分もいろんなことに執着しないといけないもんだと思ってたんですが、これだけ自分の価値感が変わって行くとなると、何を基準に仕事をしていけばいいのか?

セブ島のローカルバーで飲み過ぎた翌日、クソ暑いというのに、んなことを考えております。

フィリピンに来たら、サンミゲルビールをぜひ。うす美味いです。

投稿者:

阿部譲之

主にデザイナー業。中学校の美術教科書に作品掲載。グッドデザイン賞を受賞。十四代目伝統木工の家に生まれ日米修行→NYの美大で工業デザイン→石岡瑛子氏のお手伝い→フリーランス七転八倒→ちょっと新生銀行→ちょっと花屋→阿部書店をスタート→マレーシア・ペナン島に移住 → 現在は東京都新宿区の迎賓館そば在住。その昔、デザインの現場、デザインノートに寄稿。